アメリカでハイテク関連の仕事をしていると転職は当たり前の事になる。
以前も書いたがLinkedInのプロフィールを更新したらSEO効果で毎日のようにヘッドハンターがコンタクトしてくるようになった。
けっこう面白そうな仕事も多いんだが、サンフランシスコへの移住が前提の話しばかりだ。自分はサンディエゴが好きだし、ベイエリアなんて住んだら今より生活コスト掛かるし通勤とかあるし、かえって生活レベルが落ちそうなので丁重に断ってばかり。 もともと転職しようと思ってなかったし、リクルーターさん達ごめんなさいね。
ところが一つ、面白そうな仕事でリモート(在宅)勤務も構わないというのがあった。
リモートOKの会社
最近のアメリカのベンチャー企業で時々あるのが、社員が全米に散らばっているというケースだ。 実は自分の今働いている職場もそうだ。だが募集している企業はリモートを当然のこととして扱い、リモート人材を積極的に採用しているようだ。
こういった会社が最近増えてきているようで、基本的なスタンスは自己管理ができる人間には信頼して任せるというものだ。 良い人材を在宅勤務にすると働き過ぎになりがちなので、管理する側は働いているかどうかでなく、働き過ぎているかを管理する。 ムチでひっぱたいて走らせるような世界とは別次元なのだ。
そんな社風で成長しているビジネスならかなり面白い仕事ができると思ってよさそうだ。
仕事そのものも面白そうだが、自分がマネジメントレベルで仕事をしてた時、人を雇うことの難しさを身にしみて感じた。 リモートの社員が実力を発揮できる、そんな環境の会社はいったいどうやって人を選んでいるのだろう。
すごく興味が湧いてきた。
人事担当面接
会社の名前をここで出すわけにはいかないが、落とされてもいいから応募してみた。アメリカの会社ではこういう場合しばらく返事がこない場合が多い。相手にされない場合はここでなしのつぶてで終わりになる。
1,2週間してから人事の人からコンタクトがあり、電話で話すことになった。この時点では人をふるい落とすためのスクリーニングだ。この会社のリクルーターは柔らかい話し方だがビジネスライクに、自分にとって仕事の上で大切なことは何か、なぜ応募したのか、希望する待遇はどれぐらいかを聞いてくる。
リクルーターには二通りあって、スペックの良し悪しで人を選ぶ人と、会社に合う人材を探そうとする人だ。この人は後者に近く感じたが、前者のようにビジネスライクでもあった。アメリカの会社でHRと呼ばれる人事担当のレベルは会社の人材の質を左右すると言っても間違いではない。それで言うとかなりデキる感じだ。
コーディング試験
次の段階はコーディング試験。 それもリモートでだ。 実はコーディング試験はやらせたことはあるが、やらされたことは無い。 これも興味津々だ。
試験そのものはスカイプやグーグルハングアウトを使い、対面している状態で共有ドキュメントにコードさせる。 最初は簡単な問題だったので軽く解いた。
そしたら突然難しいのを出してきた。
幸いさっと読んだら知ってるアルゴリズムだったのでそこそこ出来た。エッジケースを一つ考えてなかったが、指摘されてすぐに、あぁそれはここをこうすれば良いのでは、と言ったらそれでOK。
この試験はコーディングだけできれば良いわけではなく、相手の表情や会話能力をみるのも目的なので、こちらもそこそこ考えてることを喋りながらコードを書き込んでいく。 その結果、コーディング能力だけでなくコミュニケーションの内容も合格点だったらしい。 終わってすぐ次の面接の連絡が来た。
一応いけるとこまで行って、もしどうするか考えなければならないところまで行ったら考えるつもりなので、このまま進めてみようと思う。 人選のプロセスもとても参考になるし。
世界は牡蠣だ
アメリカではインドや東欧とリモートで仕事をするのは当たり前になりつつある。 だがほとんどの場合、現地の人に仕切らせる形だ。まだまだリモート人材を国境を越えて直接雇うという形ではない。
自分はアメリカの企業ばかりで社会人生活を送ってきたが、日本出身ということもあり、日本人は「平均的に普通のアメリカ人より仕事ができる」という一種の偏見を抱いている。 そしてアメリカ人より出来る人材の割合が多いのにプログラミング系のサラリーレベルはアメリカから見るとあまり高くない、という事も知っている。 円安になればなおさらだ。
安価で優秀な人材はアメリカのハイテク企業なら喉から手が出るほど欲しい。そんな人材が日本にはたくさんいる訳だ。
ならば日本の人達がこんな会社にリモート就職できるだろうか。自分としてはそれは大いに可能だと思うが、アメリカ人の同僚たちと上手く連携していくコミュニケーション能力にどうしても不安が残るだろう。それはかなり高い壁だと思う。
だがちょっと考えてみよう。他の国の人達はさらにいろいろな難関がある。そもそも賃金が安い国というのはまともな教育が受けられないのが当たり前なのだ。言葉の問題以前にちゃんとした教育を受けきちんとした仕事運びができる人というのは世界中それほどいないのだ。
日本は恵まれた国で多数の国で手にできない高度な教育や知識が当たり前のように誰にでも開放されている。そんな世界でちゃんとした教育をうけ常識と教養をしっかりと身につけた日本人ならどこででも通用する人材だと思っていい。
その気になればどこででも何でも自由に出来る。 それを英語では The world is my oyster (世界は自分の牡蠣だ)と言う。
もし世界への唯一の関門が英語のコミュニケーションならあなたのオイスターは実は意外と身近なのだ。